尾道・向島 嚴島神社の由緒


嚴島神社外観

向島町富浜に鎮座いたします「嚴島神社」は江戸時代初期、安芸広島藩浅野家のお抱え豪商、「天満屋 浄友」によって尾道水道に面して開拓された富浜古新田(塩田)の守護神として、延寶8年(1680年)向島明神島の現在地に建立されました。

天満屋は浅野藩主に伴われて紀州和歌山から広島に来り魚問屋及び酒造業に従事し産を成し、藩に乞うて尾道水道一帯に天満屋新開地を築調し、この新開地開拓に従事した人々の慰霊と塩田守護の為、新開地の東方に位置した、亀山に岩屋を掘り、その中に社殿をしつらえました。

天和3年(1683年)更に新たなる社殿を建立し、嚴島明神を勧請し「富島大明神」と称しました。

正徳4年(1714年)当地に疫病が流行し、当浜祈祷の為烏崎地区に御神幸し、以来毎年6月17日に烏崎にご神幸される(これが管弦祭の起源となっている)夏祭りが盛大に行われています。

門 鳥居と拝殿

明治維新に「嚴島神社」と改称し、明治5年旧社格村社に列せられました。以来、海の神様として尾道水道を行き交う船舶の守り神、造船の神、魚業の神、交通安全の神として、又ご祭神市杵島姫命はえびす神の化身とされ、商売繁盛、家内安全の守り神として更には、神言を代行する宣託の神として近郊の氏子・崇敬者の信仰深き神社として日々多くの参拝者をお迎えいたしております。

別称、富浜の明神さん、浜の宮 富島明神社とも言われております。

1960年(昭和35年)頃の神社の風景